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撮影:新逹也

 2008年の夏、僕は舞台写真の後処理に追われていた。やがてエンドレスな仕事に押しつぶされるかのように、精神的にも、肉体的にも疲れ果ててしまった。遂に秋には心療内科へ通院することに。好きなことを仕事にしているのになぜ・・・初め、周囲の印象はそうだった。けれど、好きなことだからこそ、思い悩み、こだわり、様々なジレンマに苛まれるのだとも言える。

 幸い治療薬が良く効き、また、医師の適切なカウンセリングのおかげで、年明けの頃には症状が落ち着いてきた。そして、その間、多くの方々に助言や心配の言葉を掛けて貰い、僕は生まれて初めて、本当の意味で人間の優しさを感じたと思った。


 2009年1月下旬、とあるギャラリーで写真展を催した時のこと。知人のダンサーが会場を訪れてくれた。彼女・ルミちゃんは妊娠していた。ちょうど臨月を迎えたところだった。1年振りに会ったルミちゃんの表情は、それまで僕が知っていた彼女とは別人かと見まがうほどの優しさに満ちていた。紛れもなく、母の優しさ、慈愛の表情だった。ルミちゃんと話しているうちに、病んだ僕の心がほんの少し癒されて行くのがわかった。僕は彼女の写真を撮りたいと思った。

 数日後、僕と妻はルミちゃんを実家に訪ねた。彼女が暮らしていた部屋はまだそのままだった。八畳ほどのフローリング。ベッドの両脇から光が差し込む。柔らかい早春の日差しがカーテン越しに注いでいた。スタジオスペースとしては十分な空間だ。

 この日から僕たち夫婦の妊婦撮影が幕を開けた。たとえルミちゃんが写真展会場に現れたとしても、もし、僕が精神を病むこともなく、元気でいたら、おそらく彼女と会っても[マタニティフォト」という意識で写真を撮ることは無かっただろう。そう思うととても運命的な「出合い」を感じる。なぜなら、ルミちゃんとギャラリーで会うまで、僕は妊婦の写真を撮ろうなどとは、露ほども思っていなかったのだから。

 この日の写真は僕の生涯における写真家人生の中でも、かなり大きな比重を占めると思う。これまでも、自然界や人、風土・・・様々な出合いと刺激に感化され、僕は写真を撮り続けてきた。

 「マタニティ写真」はそんな僕がようやくたどり着いた、終着点と言っても良いと思える対象だ。ここへたどり着くまでに、僕は長い長い漂流の旅を続けていたのだと思う。今僕は本気で人生の生涯を費やしても良いと思える対象に出合うことができた。これだけでもとても幸せなことだと、感謝している。普くものへ、とりわけルミちゃんとご主人のおーちゃんにはどれだけ感謝してもしきれない。


 僕には二人の娘がいる。只今高校2年生と中学3年生(2009年度現在)。むろん、出産には二人とも立ち会った。そして、かけがえのない命の誕生の瞬間を撮影した。

 長女が生まれた時のことだ。目の前に小さな命が姿を現した瞬間、僕はそれまでの人生で一度も感じたことにない深い感動に包まれた。いや、感動と言う言葉では言い表せない至福の感覚だった。妻、娘、僕を眩しい光が貫き、それは僕の頭上を直線となって遙か宇宙の果てまで達していた。連綿と続く命の脈流が走馬燈のように精神を駆け巡る。僕の肉体を形成する物質が歓喜に打ち震えている様子が手に取るように感じられた。僕はその瞬間、初めて宇宙と繋がったと感じた。


 我が子への愛情は人後に落ちないと自負はしているものの、こと、娘たちの写真となると話は違った。僕には様々な撮影テーマがあった。娘の誕生シーンは撮影したものの、その後の娘たちの成長記録は、僕のテーマには組み込まれていなかった。そのため、家族写真はもっぱら妻にまかせっきりだった。彼女の妊娠姿も、勿論撮影はした。しかし、それ以上のものではなかった。
 今になって僕はとても悔やんでいる。もっとたくさん、妻や娘たちの写真を撮っておくべきだったと。
 ついでに言うと僕自身の写真も余り無い。けれど、写真家が写した写真は、写真家自身の鏡とも言える。作者不在の写真ほどつまらないものはない。僕の撮る写真は僕自身の反映でもあるのだから、僕はいつもそこここに写っている。どう写っているかは、別として・・・



妻と二人の娘たち
今、これらの写真は僕の宝物だ



 数年前からのこと、無性に赤ちゃんの温もりが愛おしくなった。娘たちが赤ん坊の頃抱きしめた感触を思い出そうとするのだが、どうしても思い出すことができない。自分で言うのもこそばゆいが、父親として、子どもたちのことはたくさん抱きしめた方だと思う。とにかくハグハグしてあげた。ムギュっとされるのが大好きな娘たちだった。なのに、思い出すことができない。

 娘たちのことは、妻も僕も大好きだ。親のささやかな願いとしては、素朴に育ってほしい、笑顔が素敵な子であって欲しいと思っていた。今でも、そう思っている。

 2008年から2009年にかけての冬、精神的に疲れ果てた僕の為に、家族は布団を並べ、皆でくっつき合って寝てくれた。週替わりで娘たちが僕の腕枕で眠りに就いた。おかげで僕はたくさんの温もりと元気を貰うことができた。

 そんなこともあり、僕は赤ちゃんの写真を漠然と撮りたいと思い始めていた。


 その願いは思いがけず些細なことから現実になった。自宅から二軒先、男の子を出産した娘さんが実家に戻っていた。何事もご縁とタイミングが肝心だ。

 その前に撮りたいと思っていた子は見る見る成長し、ベビィからキッズとなってしまい、とうとう撮ることができなかった。迷っているうちに時間はどんどん過ぎてしまう。赤ちゃんが赤ちゃんでいる時間はとても限られているのだ。{妊婦さんもそう)

 初めて意識的に撮影した赤ちゃんは、生後52日めというのにとても体格のよい男の子だった。そしてとても良く笑った。たくさんの愛情を一身に受けてスクスク育っているのだな。そう思いながら、レンズを向けた。

 母親のエリィさんはヨガスタジオを運営されている。今、一緒に自然界の中でフォトセッションを繰り返している。その写真も少しずつ公開して行くつもりだ。
これもそれも皆、ご縁。

  エリィさんのブログ。
  LoveYogaStudio_BabyCute

 そして、次に出合った子がルミちゃんの娘さん。思わず抱っこさせてもらう。他人の子を抱っこできる関係性、考えてみれば不思議なこと。赤ちゃんの温もりがじわりと伝わり、僕の体を浄化してくれるような気がした。小さな指が僕の指先を握る。まるで水のように透き通った肌。手のひらにすっぽり収まりそうな柔らかい頭。くびれでどこがそこだか判らないような手足。

僕はしばし、お祖父ちゃんになったかのように、我を忘れて赤ちゃんをあやしていた。


 これまで僕は数多くの山や源流を訪ねてきた。その一つは「荒川源流・水の回廊」という作品として東京、大阪等で展示することができた。僕の作品を見てくれた多くの人々が、「癒されました。ありがとう」と感想を述べてくれた。けれど、僕は自然界の中へ癒される為に踏み込んでいっているのではないという自負があった。「癒し」などという言葉は僕には無縁だとも思っていた。

 ところが、いったん自分が弱くなってみると、いかに人には「癒し」というものが大切なのか、身をもって実感することができた。今更ながら亡くなった友人の言葉を思い出す。
「なぁ、人は人にしか、癒されないんだよ」

 彼・中川晶一朗さんはマタニティ写真を撮るきっかけとなった写真展示をプランニングした張本人だ。彼は、「ギャラリーううふ」での僕の展示を心待ちにしながら、残念ながら他界した。彼ともまた、不思議な縁の連続だった。

 「癒し」が全てでは無いにしても、僕の撮った妊婦さんや赤ちゃんの写真が
見る人の心を和らげてくれたらいい。そして何よりも写ったご本人、そして赤ちゃんの未来に、かけがえのない宝物として、末永く大切なものとして身近に置いて貰えたら。考えただけでも無上の喜びだ。

 また、子育ては順調に行くとばかりは限らない。時には躓くこともあるに違いない。そんな時、妊娠期や赤ちゃんの写真は父母の大きな支えともなろう。僕ら夫婦がそうなように、きっと多くの父母たちもそうに違いないと思っている。

 さらには、赤ちゃんが成長し、人生の岐路に立ったときなど、何らかの支えになって貰えたら、どんなにか素敵だろうか。撮影者は常にそんなことを考えながらレンズを向ける。普くものへ、願いと感謝を込めて。

 妊婦さんを撮影すること・・・それは僕一人ではとてもできない。相手は異性、しかも最もデリケートな体調時での撮影だから、サポートに妻の協力が欠かせない。アシスタントとして、そして妊婦さんへの配慮やケアも含めて、やはり男の僕だけでは、どうにもならない瞬間も予想される。そんな時、何と言っても二人の命をこの世に誕生させた女性として、妻の経験が妊婦さんの表情を和らげ、安心感を醸し出す。

 けれど、異性故の感覚が実は大切な気がする。女性と男性がいて、初めてこの世界は成立する。男性としての僕はずっと眩い視線で女性を見続けてきたのだ。だからこそ、女性の美しさと優しさ、そして強さを引き出すことができると言える。

 僕は20年以上、舞台の撮影に従事している。ことにダンスの撮影が好き。人が肉体のみで表現する方法は様々あるが、ダンサーの内面から沸きたつエネルギッシュで、かつエロティックで、生命力に満ちた瞬間を記録できるのは写真しかないと思っている。

 同様に、妊婦姿や赤ちゃんの「命」が輝く瞬間を静止させることができる装置・・・それもまた写真の大きな力のような気がする。

 
 「写真は魂の記録装置」

 まさに、そうなのだ。

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